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12章 「人生のトリニティー」 |
by トリニティーの意識 |
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人が人として生まれ育ち、さまざまな人とのかかわり合いにおいて、
人は、人生の波というものに、揺さぶられます。その人生の波は、大波のときもあり、
さざなみ一つ立たない、平穏な海もあります。
あなた方は、大海に帆を持つ、一艘の、葦舟なのです。
その葦舟が、大きな波に揺さぶられつつも、消しておぼれ沈むことなく、
また、平穏な海に浮かぶ、小さな葦舟になってきます。人生とはそのようなものです。
自然界の大きなエネルギーの起伏の中に、あなた方はいかにして、
うまく大波を避けられるか、その舵取りを、多くの学びの中で培ってゆくのですけれども、
自然の大きな流れは、避けられぬものとして、皆様は人生の「運気」というものを、
感じているのではないでしょうか。それが「運命」、命を運ぶもの。
この、小さな葦舟のように、命を運ぶのは、
その運を力づけるもの、それを魂の勢いといいましょうか、
「運勢」と呼んでおります。
「運勢」は、大波あれば小波あり、大きな変動のなかに、
小さな葦舟は、身を、大海にゆだねているのです。
そして、その流れは、何かの意志によって定められているのではないかと、
思うようになるのです。それは決して、自分の意志ではどうにもならぬもの。
そのことを、「宿命」と呼んでいるのです
「宿命」という、大きな法則の中に、あなた自身の「運命」と「運勢」を、
合わせ持ちながら、あなた方はこうして生きているのです。
なぜ生きているのか、それがこのお話の問いかけです。
人は、人として、なぜ生きているのか。古来よりたくさんの聖人君子、哲学者が、
この問いに対して、質問の答えを見出そうとなげかけてきました。
因果の法則があるのは、自己の意志のつくる、磁極のために、
因果の法則を引き寄せるのだ、と。
その因果から超えるためには、空の意識に到達するしかないと。
自己の意識を統制し、何もない空間に、自分自身を漂わせる。確かに。
しかし、「空」の意識は、一つの覚醒の段階にしか過ぎません。
それがすべてではない、ということも知って欲しいと思います。
それは、人生を苦しみとして捉えたがゆえに、苦しみから逃れるための方便として
考え出された技法なのですけれども。
この「空」の領域に、真の、悟りの段階として設定すること。
それは一つの方法論でもありますけれども、果たしてそれが正しいのでしょうか。
もう一度自分自身にこの疑問を、自分自身に、問いかけてみてください。
果たしてそれが正しいのかと・・・。
「空」は外部と遮断された、それも、自己の魂をも否定する、
「完全無」という世界を、極めようとした意識そのものなのです。
禅的悟りの目的でもありますけれども、ここにも大きな落とし穴があるのです。
なぜなら「完全無」という固定概念の中に、「虚無」という、すべてを否定する、
無の意識が存在するからです。有るものも認めない。
すべてを「虚無」とすると、「虚無感」にさいなまれてしまうのです。
一見楽であるように見えつつも、また、自己矛盾の中から、
悩みを発生させているのです。これも「無」の概念の中に有る、
「実無」と「虚無」の、二極性に起因するものなのです。
どちらも真理の側面ではあります。ただ、見方によれば、
どちらにも取れる、曖昧なものでもあるのです。
その原理は、占いなどによる、運勢転換の本質にも共通するものでもあります。
ただし、その曖昧さ(ファジー)を許容できたときから、
自己の矛盾性の中から、新しい動きが始まるのです、何かを求めて活動を始めるのです。
ゼロ宇宙から、何かを創り出したいという意志が生じるのです。
生じるという、自己創生のエネルギー、それを「生命」というのです。
自己の意思を持って、何かを生み出そうとする。つまりこれを、
本質的には、「生命素」というのです。それはあなた方の、
「身体の中」に、存在しているのです。さらには、命あるものすべてに、
この、「生命素」が活動しているのです。
70億個の細胞、一つ一つにまで、「生命素」は活動し続けております。
あなた自身の肉体という、小宇宙の中から、何かを意図して活動しているのです。
それを「宿命」という、目的意識として捉えてみてください。
「運命」というのは、あなたが地球という環境の中で、拘束される、
宇宙の法則でもあります。その中から上手に舵取りをする、いかなる荒波がこようと、
上手に荒波を避けて通る。その知恵を、あなた自身の生命が、意志した記憶そのもの。
それは、あなた自身の知恵の宝庫からかもしれません。
その知恵の宝庫の中に、宇宙全体の神秘が、隠されているのです。
この神秘の知恵の宝庫から、宝を上手に取り出しますし、必要なときに使う。
必要でないときは、蓄えておく。そのような知恵も、人生には必要かも知れません。
それは皆、平等に与えられているのですけれども。時たま人は、
その宝のことに気づかないで、終わってしまうのです。
その神秘の方法は、あなたの魂の奥底に眠る、光り輝く宝石、常にその宝石を、
見失わないこと。「光の宝石」を感じ取れたとき、運命の舵取りを、
上手に行う知恵が湧いてくるのです。そして、その「光」が、
あなたの宿命を、全うできるように、働きかけを行ってくれるのです。
これが、宿命と、運命と、運勢の、三位一体の法則なのです。
これを、「トリニティー」と呼んでいるのです。
見方を変えて、それを、現在、未来、過去という概念で捉えてみてもよいでしょう。
あるいは、天と地と人、そのような捉え方でもいいでしょう。
三位一体の法則の中から、いかにバランスを取り、運勢の波に振り回されないで
運命という羅針盤を、いかにして狂わさないでおけるか・・。
それらの要素、波が、一生かけて、あなたの命の定めた、
「宿命」という目的のために働いているのです。
「生命素」たりとて、「実無」と「虚無」の狭間から生まれた、新しい意志なのです。
無にとどまりたくないという、希望のあらわれなのです。
それを、「生命素」と呼んでいるのです。
トリニティー(三位一体)の法則性、これもバランスという観点において、
宇宙と自己の全体を、完全平衡させるための、知恵でもあるのです。
運が悪いとか、ついていないとか悩むのではなく、自己の魂の光を輝かせることが、
できたとき、魂の持つ「宿命」に気づき、その目的達成のために、
宇宙の叡智とエネルギーは、自動的に、あなたの生命素に働きかけるということ。
それこそが、最も近道な、「運勢改善」の方法であるということなのです。
無駄な浪費なくして、ごく自然な状態で、
「宿命」を、「天命」として全うできるのです。
そして次元の相違に関わりなく、すべてのチャクラに光が注がれて、
あらゆる次元の、現象化が行われてゆくのです。それも、
宇宙の意志の、代行者(マスター)としての役割を、果たせるようになるのです。
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