『セイクレッド・スター』

~魂の故郷への旅立ち~

1 理論編

第47章   「時間と空間」          by シリウス意識集合体 

 「空間」の中に、A点から、B点へ移動する。

 そこに「運動」という概念が生じます。


 そうすると、A点から、B点へ移動するのに、「どのくらい時間がかかったか」、という、

「時間」の概念が、生まれてきます。


 しかし、この「運動」というもの、

それは、あなた方の肉体から見た、現象面での、捉え方であることに、気がつくと思います。

 つまり、三次元の世界でのみ成り立っている法則、とういことが、おわかりだと思います。

 この、三次元の世界でしか、その概念は通用しない、ということを、

御理解していただきたいと思います。



 「意識空間」に入ったとき、時間の感覚も、高速に感じたり、非常にスローに感じたり、

その感じ方は、意識次第である、ということもわかってきます。

 「時間の概念」も歪んでくるのです。


 一定の間隔をおいた、時間のリズムをなしているわけではない、ということが、

わかってくるのです。そして、空間も歪み、時間も歪み、運動という概念も、

定かではなくなる。


 時間と空間という概念が、如何に曖昧であるか、ということが、

おわかりいただけるのではないでしょうか。


 この法則は、この「現象界」のみにしか通用いたしません。


 例えば、四次元意識とか、五次元、六次元、七次元、八次元、

そのような意識の次元になったとき、もうあなた方の概念は、通用しないのです。


 あなた方の常識も、通用しなくなってきます。

 多層に絡み合った、様々な意識に遭遇したとき、光のプリズムの中に、

あなた方が、突入したとき、あなたはどこに位置しているか、また、

どのような時間の中にいるのか、さっぱりわからなくなるのです。


 「多次元多様体構造」をなす、「光のフラクタル」の中に、意識をゆだねたとき、

あなたが今、どこにいるのか、どこへいったらいいのか、

全くすべてを、見失ってしまうのです。



 「時間」と「空間」の概念に、囚われている人々は、

これから、アセンションの時期に入ったとき、自分を、自分の魂、あるいは意識を、

操縦できなくなってしまうのです。


 すべてが、三次元の法則で通用する、と思ってはいけないのです。

 二元論の世界にも、同じことがあてはめられます。

 あなた方の常識が、通用しなくなるのです。


 高次元の「意識空間」は、そのような、多面体構造をもっているのです。

 三次元の常識は、全くといっていい程、通用しなくなってしまうのです。



 肉体を持たぬがゆえに、「時間軸」として、ものごとを捉えたとしても、

過去と、現在と、未来、すべてが、同時存在し、どちらが過去であるか、

未来であるか、さっぱり分からなくなってしまうのです。未来であるようで、

それが過去であったり、過去のことのように見えても、それが未来であったり。


 現在の位置を、確認できたとしても、その中に、いろいろな人の人生があり、

意識があり、歴史があり、何が何だか、識別ができなくなってしまうのです。


 そして、自分自身のポジションが薄くなり、他と同化することも、

可能になってくるのです。それに、他の情報を、交換し合うことも、

簡単にできるようになるのです。人の意識に、そのまま合体することも可能ですし、

 あなたが動物や、植物や、石になりきることも、簡単にできてしまうのです。


 イルカの中に同化し、イルカになりきって、イルカと戯れることも、

容易くできるようになるのです。


 自分が、風になりたければ、風になれるし、花になりたければ、花にもなれる、

こうなりたいと思ったら、そうなれる。それが、ひとつひとつの扉を開くように、

次から、次へと、いろんな世界へ、いろんな意識空間へ、旅をしていくのです。


 ここには「時間の法則」も、「空間の法則」も成り立たないのです。

ただこの中にあるのは、エネルギーが作り出す、「光のフラクタルパターン」、

これだけが基準となります。


 そこに、その中に、「何が真実であり、何が偽物であるか」、

見抜く力を養っていないといけないのです。


 真実を見抜く目、それは、皆さまの意識の奥深くにある、「光を求める心」。

それが、「希望と光」となって、あなたが意識空間で、彷徨わないようにしてくれるのです。



 このためには、今生きているこの時に、「真実の愛」と、「希望」と、

そして、「光」を持ち続けることなのです。


 それができてないと、光のアセンション期に突入したとき、方向を見誤ってしまうのです。

 意識空間は、あなた方の想像を、絶する空間なのです。


 既成概念を、捨ててください。


 それができなければ、意識空間への旅立ちは無理、といってもいいのです。


 真実は、その中にあるのです。意識空間を旅すれば、旅するほど、

操縦になれてきます。その操縦の方法を、今から、身につけておいていただきたいのです。


 唯一、あなた方が意識空間に入れるのは、「瞑想」の瞬間だけです。

 できるだけ、「瞑想」の習慣を、それも正しい「瞑想」の習慣を、身につけられ、

意識空間へ飛び立ったとき、空間の操縦が、楽にできるように、

鍛錬しておいてほしいと思うのです。


 銀河のフォトンが、あなたがたのDNAを変性させ、別次元の空間に、

突入せざるを得ないときが、くるでしょう。そのとき、道を見失わないように、

光を、愛を、希望を、いつも心に抱きながら、突き進んでいってほしいのです。

 それ以外に、現在のところ、アセンションをサポートするものはないのです。


 「自分の意識を、操縦する」。この鍛錬は、きっとその時に、役に立つでしょう。



 人によっては、妖精界のような世界に帰る人もあるでしょう。

人によっては、神界のような世界に、入るでしょう。また、人によっては、

自然と一体となった自分がいる、そのような空間に入るでしょう。


 意識の操縦に、間違いがあったら、地獄のような世界をみるかもしれません。

周りには、ドロドロとした化け物や、ハ虫類がうごめく…、

そんな空間を彷徨うかもしれません。


 また、迷路のような、パズルのような世界に、入り込むかもしれません。

人それぞれ、千差万別なのです。意識空間とはそのようなものなのです。


 人が千人いれば、千人の意識空間がある。ということは、

すべての意識空間は、真実でもあります。


 なにも否定されるものはないのです。あるがゆえに、否定はできないのです。


 意識空間とは、そのようなものです。常に空間は創られ、また、忘れられば消える。

そこには、エネルギーの、「強さ」、「密度」ただそれだけです。


 人々がその空間に、強く意識を向ければ向けるほど、

意識空間のエネルギーは、強くなっていきます。人の関心が薄れれば、薄れるほど、

空間はぼやけてきます。すべて、エネルギーの粗密の世界なのです。


 どの世界に行きたいかは、それぞれの自由です。固定された強い意識空間が好きな人は、

やはり、パワーの強いところに惹かれてゆくでしょう。それもあなたがそうすること。

誰もが、咎められる話ではないのです。

 誰の責任でもなく、自分がそうしてゆくのです。意識空間とはそのようなものです。

 あなたが望みたい、望んだところに行く。

気づいたらまた別の場所に行く。違っていたと思ったらまた、別の真実に気づくのです。

 しかし、そこにあるものすべてが真実。何も否定できるものはないのです。


 「有りて有るもの」、すべてが真実なのです。


 「時間」と「空間」というのは、

三次元の肉体を持つ、人の意識が作った、限定され、た空間にすぎないのです。


 肉体を外れた「意識空間」では、その三次元的な「時間」と「空間」の法則は、

成り立たないことを、ここに明らかにいたしたいと思います。


いち早く、「時間」と「空間」の既成概念から、脱出をされることを、切に願います。






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